カッピングは採点ではない。焙煎士が成長し続けるための観察と改善
カッピングは採点ではない
焙煎士が最も時間をかけるべき仕事は何でしょうか。
焙煎でしょうか。生豆の選定でしょうか。私は、カッピングだと考えています。
ここでいうカッピングとは、「点数を付けること」ではありません。
焙煎の結果を正しく観察することです。
たとえば、ある焙煎で甘さが弱かったとします。そこで「今回は失敗だった」で終わってしまえば、次も同じ失敗を繰り返します。しかし、カッピングを通して、
- 甘さは弱いが、酸の質はきれいだった。
- 冷めると甘さが少し伸びる。
- 後味に乾いた渋みが残る。
というように観察できれば、改善の方向性が見えてきます。
つまり、カッピングは焙煎の合否判定ではありません。次の焙煎を設計するための情報収集です。
焙煎士が最初に身につけるべき技術
焙煎を始めたばかりの人に、「一番大切な技術は何ですか」と聞かれたら、私は迷わずこう答えます。
「味を感じる技術ではありません。味を観察する技術です。」
一見すると同じように聞こえるかもしれません。しかし、この二つはまったく異なります。
例えば、コーヒーを飲んで、「酸っぱい。」そう感じたとします。これは感覚です。
一方で、「口に含んだ瞬間に柑橘系の酸味を感じる。冷めると酸味は穏やかになり、後半では黒糖のような甘さが現れる。」
ここまで言葉にできれば、それは観察です。焙煎士が仕事で使うのは、後者です。料理人が「おいしい」で終わらず、「塩味がし強い。」「火入れが30秒長い。」「香草が主張しすぎている。」と分析するように、焙煎士も味を構造として理解する必要があります。
「好き」と「良い」は違う
焙煎士になって最初にぶつかる壁があります。
それは、自分の好みと品質評価を分けることです。
例えば、あなたは深煎りが好きかもしれません。しかし、お客様が求めているのは浅煎りかもしれません。あるいは、大会では高く評価される華やかなエチオピアより、地域のお客様はブラジルの穏やかな甘さを好むかもしれません。
ここで重要なのは、「自分が好きかどうか」と「狙った品質になっているかどうか」は別の問いである、ということです。焙煎士は、自分の好みだけで仕事をしてはいけません。届けたい品質に対して、現在のコーヒーがどういう状態なのかを評価する必要があります。
自走できる焙煎士
同じ一年でも、大きく成長する人と、ほとんど変わらない人がいます。その違いを生み出しているのは才能ではありません。改善の仕組みを持っているかどうかです。 OTIサイクル(Observe・Think・Improve) を紹介します。これは焙煎技術ではありません。焙煎士として学び続けるための「思考の型」です。
焙煎を始めたばかりの頃は、毎日が新しい発見の連続です。焙煎機の扱い方を覚え、生豆ごとの違いを知り、火力や排気の調整にも慣れてきます。しかし、数年経つと多くの人が同じ悩みを抱えます。
「最近、成長している実感がない。」これは珍しいことではありません。
実際、多くの仕事で同じ現象が起こります。料理人も、美容師も、大工も、経験年数だけでは成長しません。焙煎士も同じです。毎日焙煎していても、同じことを繰り返しているだけでは技術は深まりません。なぜなら、経験と学習は別のものだからです。
経験は、自動では知識にならない
例えば、一年間毎日焙煎した二人の焙煎士がいるとします。
Aさんも365回。Bさんも365回。経験回数は同じです。
しかし一年後、二人の技術は大きく違っていました。
Aさんは、「今日は良かった」「今日は失敗した」で終わります。
一方Bさんは、
- 今日は何が起きたのか
- なぜそうなったのか
- 次は何を変えるのか
を毎回記録していました。
Aさんは365回焙煎しただけです。Bさんは365回学習しました。この違いが一年後には大きな差になります。経験は放っておいても知識にはなりません。振り返りによって初めて経験は技術になります。
焙煎士という仕事の本質
ここまで「焙煎士」という言葉を使ってきましたが、次のように定義します。
焙煎士とは、熱を操る人ではない。品質を観察し、考え、改善し続ける専門職である。
この定義には三つの意味があります。
第一に、焙煎はゴールではなく手段であること。
第二に、品質は偶然ではなく改善によって高められること。
第三に、成長とは知識量ではなく、改善を続ける力であること。
この三つを忘れなければ、焙煎機が変わっても、生豆が変わっても、自ら考えて前に進むことができます。
それこそが、「自走できる焙煎士」です。

